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小月町遊廓
※1930年(昭和5年)発行の「全国遊郭案内」より
清水小月町遊廓
清水小月町遊廓は山口縣に在つて山陽本線の小月驛で下車する。
小月町は吉田川の沿岸にあつて、小月から約一里の上流に在る吉田は、高杉晋作の故郷で、東行庵がある。墓標の表には「東行墓」としてあつて、裏には「谷潛藏源春風號東行慶應三年丁卯四月十四日病没赤間關享年二十九」としてある。小月町には小月焼の名産がある。
貸座敷は目下七軒あつて。娼妓は約三十人居る。山口縣、福岡縣、熊本縣の女が多い。店は寫眞制で、娼妓は居録ぎ制、遊興は時間制と、通し花制で、費用は一時間遊びが一圓三十錢全晝は四圓五十錢、全夜一泊は五圓七十錢位である。臺の物は附かない。
※「全国遊郭案内」の「清水小月町遊廓」は、おそらく「清末(きよすえ)」の誤植かと思われます。清末(きよすえ)は、山口県下関市の清末地区として現在も残ります。
小月町遊廓の地図
※小月町遊廓の情報が少なく、遊郭跡の位置が全く特定できていません。「全国遊郭案内」文中の『小月驛で下車する』から、一応「小月駅」にマーカーを打っておきます。
山口県下関市小月
小月町遊廓関連ブログ
「地域の歴史秘話を求めて~日本全国探訪記~」さんのブログより引用
山口県下関市清末
江戸時代中期、清末藩領の小月には、藩の財政を良くするために、茶屋(遊郭)が設けられた。
しかし、遊郭には騙されて連れて来られるなど不幸な目に遇う女性が多く、近くの池(茶屋池)に投身自殺する遊女が続出した。
明円寺の僧であった天寧は、投身自殺しようとする遊女たちを救出し、清末藩に忠告したが、藩主の逆鱗に触れ、六連島に追放されてしまった。
天寧に助けられた遊女のヒサは、六連島にいる天寧に度々差し入れを送り、天寧の赦免運動を行った。
しかし、天寧は許されず、六連島で死亡した。
ヒサはその後、投身自殺しようとする女性の救出と、投身自殺した女性の供養に努めた。
茶屋池の近くのお堂に2体の地蔵尊があるが、そのうちの1体はヒサの墓である。
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